涙、涙の土砂崩れ



2008年05月06日(Tue)
涙、涙の土砂崩れ

2001年6月24日


中国とパキスタンを結ぶカラコルムハイウェイは世界の八不思議です、パキスタンのガイドさんが言った。実際、どうしてこんなところに道が造れたのだろうと思う。止めても止めても流れて落ちてくる砂、両側から迫りくるごつごつした山肌、天を刺すような山、踏み外したらひとたまりもないような細い細いハイウェイの道、この世に澄んだ水があることすら知らないようなインダスの濁流。そんなものに囲まれてバスは走る。すべてを走破するのに少なくとも4日か5日はかかる。

そんなところで事故は起きた。ハイウェイを走り始めて3日目。雨で地盤が緩み、ハイウェイが閉鎖されたという。迂回路はさらに道が細いのでジープか車しか通れないという。ガイドが昼休みを半分にして町を歩きまわり、小型のバンを見つけてきた。彼は今度で一緒に仕事をするのは二回目。彼に任しておけば安心だ。そのときの私はこれぐらいしか考えていなかった。もともとのバスで現場直前まで走る。現場に落ちた岩を発破する
音が聞こえてきて、軍隊がこれ以上は進むな、という。そこで小型のバンに乗り換えて迂回路へ。吊り橋は危ないので人間だけ下りて渡る。吊り橋を渡るのを待つ車で大渋滞だ。生け垣すれすれのところや、あと4センチ横を走ったら谷底にまっ逆さまという道を走り、やっとその日の目的地フンザに到着。桃源郷として名高いフンザだ。

翌日。昨日、通った道でまた土砂崩れが起きて、この道も閉鎖。フンザへの物資供給が途絶えてしまった。一番困ったのは石油。ホテルの発電機も石油がないので使えず、真っ暗。夕食時は何とかジープからガソリンをもらって、薄暗い中で食事できた。食後、ガイドとジープで町へ。このジープの石油もほとんどゼロ。それでも明日、使う車を確保しなければならない。雨にぬれながら止まっている車に片っ端から声を掛ける。運転手は異口同音に体は空いているが、石油がない、という。もう遅いから君はホテルで休んで良いよ、後は自分で何とかする、ガイドが言う。悪いけど彼に甘えることにする。寒くて寒くて歯ががたがたしてしまうくらいだったからだ。10時半ごろ、ガイドが帰ったきた。バスが見つかったという。

翌日。昨夜、やっとで見つけたバスの運転手が道が恐いから行かない、という。しかも新たな土砂崩れが起きてしまった。もうガソリンがない。ついに電話も使えなくなってしまった。しかも私はこともあろうに昨日の寒さで熱を出してしまった。ガイドが私にパキスタンの特効薬をくれた。彼は歩いて3キロ先の町までまた車を捜しに行った。

1時間半後、ジープ2台に15人、ぎゅうぎゅう詰めで乗り込んで国境の町へ出発。土砂崩れの現場はもう軍隊がきれいにしてあった。ところが、国境から先の緩衝地帯でまたしても土砂崩れが数箇所で発生。国境は閉鎖してしまった。本来ならここでパキスタンのガイドは仕事が終わるのだが、これでは終わりにすることもできない。待つこと6時間。ついに中国側から車が来た。これは。、土砂崩れの現場はもうきれいになったということだ。そうでなければ車が来れるはずはないのだ。出国事務所へ走る。待っていた人が皆、走っている。欧米の個人旅行者、ガイド、運転手。出国事務所は開いて5分もしないうちに閉まってしまった。今日は危ないから誰も出国させない、というのだ。○○世界の添乗員と協力して無理矢理この2グループだけ、という条件で、無事出国。パキスタンのガイドさんともさようなら。


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